オステオパシーは、アメリカ人医師によって研究・開発された手技療法を基本とした医学です。

日本では“西洋(アメリカ)生まれの手技療法”
と言えば「カイロプラクティック」をイメージされる方が多いと思いますが、実は、アメリカではカイロプラクティックより21年も前に誕生し、その誕生にも大きく影響を与えた手技療法があります。

それが”オステオパシー”です。

オステオパシーの施術は、手を使って“体性機能障害”(体の歪みを作っているところ。

主に筋骨格系、特に関節や筋・筋膜などの結合組織の固くなって働かなくなっているところ)に対して施術し、それらの“機能 ”(働き・役割) を回復いたします。

そうすることで、関連する “神経の働き” や “血液・リンパ液・脳脊髄液などの体液の流れ”を正常にし、“免疫や代謝”(細胞への栄養の供給と老廃物の排泄)の機能を促進していきます。
そうして全身のリズムを整え身体全体の機能を統合させることで、身体が本来備えている“自然治癒力”や“自己調整機能”を十分に働くようにしていきます。

“患者様自身の力によって健康な状態を作り、その状態を維持できるように導く。”
それが自然医学であるオステオパシーの目的です。

オステオパシーの歴史

オステオパシーは、1874年6月22日にアメリカで“アンドリュー・テイラー・スティル”という医師(M..D. メディカルドクター)によって発表されました。

Dr.スティルは、元々は他の普通の医師がするのと同じように薬などを使って診療していたのですが、1864年に自分の娘3人を流行性髄膜炎によって一度に亡くしてしまいます。

彼は医師でありながら自分の娘を救えなかった無力さに嘆き、それまで自分がしてきた医療に絶望し、人間の持つ自然治癒力に基づいた新しい治療法を研究・開発することを決意したのでした。
スティルは少年時代の「首をブランコにぶら下げると頭痛が解消した」という経験を思い出し、「筋骨格系が人体に及ぼす影響」について深く研究する必要があると考え、解剖学を徹底的にやり直しました。
そして、「どんな病気の人も、その殆どに筋骨格系の異常がある」ということに気付くことになります。
また、「“血液やリンパなどの体液の流れ”や“神経の働き”がバランスを崩して不調になると様々な症状が起こってくる」ということも発見し、「そうなる主な原因は、身体の枠組みを作っている関節や筋膜などといった“筋骨格系の機能の低下”による」と結論づけたのでした。

最初のうち、オステオパシーの理論はほとんど認められず“インチキ医者”扱いを受けましたが、実際に施術を受けた患者さん達のめざましい改善により、次第に治療実績が認められるようになっていきます。

アメリカ中西部・ミズーリ州カークスビル市にあったスティルの診療所には、噂を聞きつけた多くの患者がアメリカ各地から押し寄せて、連日「長蛇の列」を作るようになっていったのです。

そのおかげで田舎町であったカークスビルは急に活気づき、スティルの診療所に訪れる患者さん達が利用する為のレストランやホテルが建つようになり、更には鉄道まで敷かれることになったという信じられないような逸話は今でも語り継がれています。

“インチキ医者”とまで呼ばれたスティルは、いつしか“町の名士”となっていたのです。

また、治療を受けた患者やその家族などから「オステオパシーを学びたい」と言う要望もあり、1892年には最初のオステオパシー医学校が創設されました。

ここでの教育カリキュラムは一般の医学校と遜色ないものだったのですが、卒業生には、あえて通常の医科大学を卒業した医師が持つ「M.D.(メディカル・ドクター)」ではなく「D.O.(ドクター・オブ・オステオパシックメディスン)」の称号が与えられました。

現在、アメリカにはオステオパシー医科大学が30校あり、卒業後、国家試験に合格するとやはり「D.O.」の称号が与えられます。
アメリカ国内において、「D.O.」は「M.D.」と同等の(投薬や手術などもできる)権利を持つ国家資格なのです。

また、オステオパシーはアメリカだけでなく、イギリスを始めとするヨーロッパなど世界各地に広がっていき、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでは、それぞれの国において手技療法のみ行う正式な医療国家資格として認められています。

また、WHO(世界保健機構)にも医療として認められています。

日本においては大正時代には既に伝わっていたのですが、学校教育のような体系立った教育システムや正統な教育機関が無かった為か、テクニックのみが一部の療法家に伝えられたり、また、そうした療法家が独自に形を変え「整体」という名前を使って個々のものにしてしまったりで、古賀正秀先生が1971年(昭和46年)に“全日本オステオパシー協会”を設立するまではオステオパシーを標榜する者は殆どいなかったようです。
現在日本では、一番大きな団体として”日本オステオパシー連合”があり、全日本オステオパシー協会・日本オステオパシー学会・関西オステオパシー協会の3団体で構成されています。

現在、日本政府による正式なオステオパシーの国家資格は制定されておりませんが、日本オステオパシー連合が毎年行う認定試験に合格した者は、MRO(J)という認定を受けます。

これはAAO(アメリカオステオパシー学会)も認める、国際基準を満たしたオステオパシーであるという証であります。